2015年7月21日火曜日

百貨店が男性向けライフスタイルショップだった時代。【書評】百貨店で〈趣味〉を買う



【このエントリのポイント】男性が財布の紐を握っていた戦前、百貨店のターゲットは男性だった。


こんにちは。

なかなかフローリングのワックスがけをするチャンスが無い

ファッションアナリスト山田耕史(@yamada0221)です。




今回は大学時代の恩師のブログ

休日2 - なんやかや

で見て、タイトルで惹かれたので読んでみた

百貨店で〈趣味〉を買う: 大衆消費文化の近代

のご紹介です。



Amazonに掲載されている概要はこんな感じ。

明治末期以降、都市部の新中間層は一部好事家のものだった「趣味」に憧れ、百貨店で手軽に獲得しようとした。風流な道具や趣味の人形など、百貨店で販売された商品の背後にある“良い趣味”を読み解き、その活動を考える。

・百貨店は男性向けライフスタイルショップだった


今、百貨店とはどんなイメージでしょうか?

ラグジュアリーブランドやデザイナーズブランドなどの

ファッションを主に扱っているというイメージではないでしょうか。

或いはデパ地下のような食料品を思い浮かべる人も多いでしょう。

日本での百貨店黎明期である明治期は

今の百貨店とはかなりイメージが違っているようです。

当時の百貨店は

良い趣味のために何を消費したらよいかわからない初期の中間層に向けて、
百貨店はただ「何の商品を買うか」だけでなく、
いつ、どのように購入するのか(しなければならないのか)という
消費機会まで提供(p.2)

するという存在でした。

今風に言うとライフスタイルショップという感じでしょうか。

更に驚くべき事に、当時の百貨店の主要顧客は男性で、

百貨店の顔ともいえる1階部分の売り場は主に男性用商品で占められていました。

この状態は戦前まで続いていたそうです。

その理由は当時の男性優位の社会的な風潮にありました。

戦前期、女性の社会進出がまだごく一部であった時代、
女性が家系管理をするようになっていても、
その消費の仕方は現在と異なっており、
主婦は男性が渡す金の範囲内で生活を賄うことが求められ、
そこでも女性の買い物の自由は日用生活品などに限定され、
贅沢品の購入決定権は男性にあった(p.56)

現在の百貨店の商品構成は女性用がメインになるのは戦後でした。

・戦前の百貨店メンズファッション


当時の百貨店の主な顧客は新中間層といわれる

地方から都会に流入してきた会社員でした。

明治後期に増加した新中間層はある程度経済的に安定していました。

匿名の人々が行き交う近代都市で暮らし始めた彼らは

流動的で不安定な階層であるがゆえに上昇志向が強く、

手っ取り早く良い趣味を手に入れるようとしました。

そんな需要を満たす場が百貨店でした。

そんな彼らが目指した理想的男性像はずばり「紳士」。

明治以降、男性は「紳士」という理想的男性像を支持する
ダンディズムの美学を建前としながら、
そこに到達する手段として流行のファッションを追求するという、
一見矛盾するような消費分化を形成していった。
そこには常に「こだわり」「本物志向」という観念が付きまとっていく。 (p.63)


そのこだわりはファッションにとどまらず、

書斎や応接間などのインテリア小物に及ぶようになります。

・インテリアも男性が選ぶ時代


当時は家庭のインテリアも男性が選ぶ時代でした。

ファッションを中心に欧米の文化が流入してきたものの

和風建築が殆どであった住宅事情に合わせ、

百貨店は

いかに新しい生活スタイルを実践するか、
具体的に「趣味の良い」和洋折衷の形を示すか、ちおう課題に取り組み始め(p.143)


購入しやすい低価格のセット家具を販売するようになります。

三越では応接室や書斎といった室内の用途や広さに応じた家具のセット「三越セット」を開発。

なかでも籐家具は廉価で和室と相性の良い洋家具として人気を博しました。

・いつ百貨店は女性のものとなったのか?


本書で扱われている時代は明治から大正期にかけてなので

百貨店の主要顧客が女性になった経緯はわかりませんでした。

戦後の百貨店の動向も気になるので

このあたりの事に言及している本を探して読んでみたくなりました。


最後までご覧いただきありがとうございました!

ファッションネタはTwitter(@yamada0221)でも随時呟いていますのでよろしければフォローしてみて下さい。





このエントリを書いた人
山田耕史 詳しいプロフィールはこちら